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日本人の誇りを懸け米兵最強戦士と真剣勝負した国井善弥と笹森順造の話

国井善弥 日本の誇りの為に戦った男

太平洋戦争終結後、GHQによる7年間の占領政策の中で、一説によると、日本人洗脳計画と呼ばれたWGIP、3S政策が成され、日本人弱体化が図られる中、武道は固く禁じられていた。そのような混迷期に、日本の心である『武士道精神』の復興の為にGHQと掛けあい、アメリカ海兵隊最強戦士と命を掛けた真剣による戦いの末に武道を解禁させることに成功したサムライ、1人の政治家と1人の武人のストーリー。

この国の形骸化したサムライ精神に警鐘を鳴らすべく、なぜもっと語り継がれないのか不思議で仕方ない後世に残すべきこの世紀のストーリーをHOLLYWOODSNAPに是非とも伝えさせて頂きたい。

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■ GHQによる占領政策WGIPと3S政策により日本人弱体化が図られた

GHQによる日本人洗脳計画 WGIP 3S政策
SNAP via:ironna.jp

私達日本人が決して忘れることのない1945年8月15日の終戦記念日、そして前日の14日に日本政府が受諾通告したポツダム宣言を執行し占領政策実施の為にダグラス・マッカーサー連合国軍最高司令官率いるGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)は日本に上陸。

GHQの日本の占領政策とは、Wikipediaによると、日本人に敗戦国として戦争に対する罪悪感を植えつけるための宣伝計画、”洗脳教育”その名も「WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム )」、戦争罪悪情報プログラムと和訳できるものである。

WGIPには、日本人が日本民族としての誇りを否定し、戦争犯罪人であるとする自虐歴史観を教育させ、歴史、文化を破壊するためのものであるとしばし言及されたものであり、それと同時に導入されたのが3S政策である。

3S政策とは、SEX、SPORTS、SCREEN(テレビ・ゲームなど)である。この3つに日本人が没頭することにより、日本人への政治の関心を逸らし、愚民化を図ろうという目的があったと言われている。

遡ること第一次世界大戦前、明治維新の後に、欧米列強の圧倒的な力に危機感を覚えざる負えなかった日本で、学校教育に柔道を採用したのは、講道館創設者の嘉納治五郎である。

戦前のアジアで独立を守った日本には柔道と剣道が、中国には拳法(武侠)が、タイには、ムエタイが存在したことを高い洞察力を有するGHQは知っていた。その為に、GHQは悪名高き「武道禁止令」を発行し日本人の心を奪い去る計画をしたと伝えられる。

これら情報戦略は、戦争において軍事力と並行して研究されてきたことであり、ナチスドイツのヒトラーは、第一次世界大戦での敗北を分析し、情報戦の敗北であったと悟った為にプロパガンダの為の宣伝省を創設したほどである。第二次世界大戦で世界中に勝利したアメリカは、いわば情報戦のプロであり、そしてその情報戦略は今なお進化し続けているのは周知の事実なのである。




 

■日本の心を取り戻すべくGHQを動かした政治家・笹森順造

笹森順造
SNAP via:Wikipedia

しかし、そのような混迷を極める時代の中で、日本の心をとり戻すべく、自らの職を懸けてGHQに立ち向かった1人の政治家がいた。

代議士会会長、国務大臣として、復員庁総裁、賠償庁長官を務め、シベリア抑留日本人の早期帰還や、アメリカの賠償請求権問題などの解決に尽力した笹森順造(1886-1976)である。

青森県弘前市出身の笹森順造は、自身も弘前藩から受け継がれた小野派一刀流剣術を学んだ剣道範士であった。

青森県弘前市といえば、1904年に柔道使節団として嘉納治五郎の命を受けてアメリカに渡米し様々な現地の格闘家と喧嘩勝負で勝利しブラジルに流れ着き、サムライと柔道の強さを欧米世界に知らしめた男、最強の格闘家として伝承される”コンデ・コマ”として尊敬されグレイシー一族に柔術を伝えた前田光世(1878-1941)の出身地でもある。

国会において武道再建の機運が高まる中、武道は残虐性の元となっていると説くGHQに対して、笹森順造は、何度も掛け合い「武道は相手を傷付けずに勝つ。最終目的は互い戦わずして剣を置くことにある。」と説明したという。

しかし、GHQは「それならば、実際にそのことを試合で戦って証明してみろ」と提案してきたのである。つまり、試合をして本当に剣道が人殺しの道具ではなく平和の道具であると証明してみろということであったのだ。

そしてGHQはアメリカ海兵隊の中で最強の男を選び出し日本人との試合を提案した。しかも、米兵は防具を付けた上で本物の銃剣を用い対戦相手の日本人を殺しても構わない、日本人は防具もつけずに木刀で戦えという、太平洋戦争において日本人が味わった境遇そのままの卑怯そのものの提案だったのだ。

しかし、これはマッカーサー司令官が単に格闘マニアで好奇心の気まぐれだったからというものではない。これこそが近世の大英帝国によるアジア・アフリカの植民地支配で行われていた手法なのである。大英帝国は植民地とした民族や奴隷らの中で最強と名高いも者をボクシングやレスリングで白人の選手と対戦させたのだ。

ボクシングもレスリングもルールがあり、勝つためにはトレーニングを積んだ技術が必要である。ただ喧嘩が強いだけでは勝てない格闘技なのである。そうやって奴隷最強戦士を白人選手にボコボコに血祭りにあげさせる姿を植民地の住人や奴隷たちに見せることで白人には絶対に勝てないという劣等民族意識を植え付ける心理的かつ長年培われてきた常套手段なのである。それ故に剣道ごとき銃剣術の方が強いに決まっていると舐めていたのかも知れない。

日本軍人230万人、広島、長崎の原爆を合わせた民間人80万人という驚異的な数の戦死者を出した日本が太平洋戦争において、圧倒的不利な戦力で欧米列強と孤高に戦い亡くなっていった日本人を想えば、米軍が海兵隊の最強戦士を選び抜いて正しく”真剣勝負”してみろと提案する以上、この戦いは決して負けることの出来ない日本人の威信を賭けた戦いであったのは明白である。




 

■ 絶対に負けることが許されない310万人の英霊を背負った真剣勝負

国井善弥

この絶対に負けが許されない戦いに白羽の矢が立ったのは昭和の宮本武蔵と呼ばれた鹿島神流18代宗家の国井善弥(1894-1966)であった。国井は笹森からの申し出でを二つ返事で快諾し日本人の威信を賭けて、戦死者310万人の魂を背負ってこの戦いに挑んだのである。

鹿島神流とは、茨城県鹿島神社に古くから伝わる古武術流派であり、神道の神職により受け継がれてきた正しく”神の剣”であり、平和の為の武道であり、この大事な機会に武道の心を伝えるにはピッタリであった。国井は他流試合を相手の望む形で受け続け生涯無敗であり圧倒的な実力から「今武蔵」と呼ばれた人物とWikipediaに記載されている人物だ。

米兵は本物の銃剣で日本人を殺しても構わない、日本人は防具を付けれずに木刀のみという条件からGHQが剣道を始め武道を本気で壊滅させようとしていたことが窺い知れる。

かくして、武道の未来だけでなく、日本人の誇りを懸けた世紀の試合は始まった。

銃剣を持ち今にも襲い掛かろうといきりだった歴戦の猛者である米兵最強戦士は、国井善弥が礼をして木刀を中段に構えようとしたその次の瞬間、国井の喉元目掛けて銃剣を烈火の速さで突き出した。

国井はこの攻撃を冷静に半歩下がってかわすと、さらに米兵は銃剣をクルりと反転させて殺傷能力を有した銃底で国井の側頭部目掛けて打ち込んできた。銃剣は戦場での白兵戦で相手を殺すための武器である。即ち、この攻撃が当たれば即死である。

しかし次の瞬間、国井はこの攻撃を半歩前進してかわすと突進してくる米兵の勢いをそのまま利用して米兵の後頭部にそっと木刀を当てて米兵を床に倒してしまったという。この動きは、同じく平和を目的とした武道、『合気道』の要素そのものである。

床に倒れた米兵はそのまま床で四つん這いとなり、国井はそのまま米兵の後頭部に木刀を添え続けた。四つん這いになって上から頭を体の内側に向けて押さえつけられると人間は身動きが取れない。この体制を武道では、”死に体”と呼ぶ。

勝負は一瞬で決着が着いた。「勝負あった!」の声はすぐに掛かった。秒殺だったのだ。

国井善弥は一切相手と剣先を交わすことなく(力で対峙せず)一切相手を傷つけることなく(相手の力を利用して技で制した)見事に海兵隊最強戦士に勝ってしまったのである。

この試合には武道の真髄が体現された。即ち、相手を傷つけようとする攻撃が強ければ強いほど、如何にその力が自らを滅ぼすかを身をもって教えたのである、相手と喧嘩してやみくもに力と力でぶつかり合うのではなく、相手の力を”いなす”(そして悟す)のが武道と言えよう。そこには戦慄の戦いの場における相手への情けすら感じさせる。日本人の精神と非常に相性が良いのは当然である。

この生死を賭けた戦いにおいて、「武道は人殺しの道具ではなく、平和の為の術である。」とGHQに身をもって証明したのである。これを機にGHQは「武道禁止令」を解除したと伝えられている。




 

■ この試合に見る日本と欧米の戦いの理論、哲学の違い

白兵戦 日本と欧米の格闘理論の違い

正しく”小よく剛を制す”を指針とした『柔道』の概念である。国井には米兵の動きの支点、力点、作用点の全てが見えていたに違いない。この生死を賭けた戦いとなるともはや力(作用点)は虚しく反射神経とスピードがモノを言う、即ち力と力で対峙するより速く相手の急所を返り討ち(カウンター)しなければならないのだ。それ故に妖怪カマイタチが最強であり、僅か小指の先の銃弾が最強の武器なのである。あっと思う暇もなく、死亡しているのである。

作用点である戦慄の剣先を恐怖して見る必要はなく、力点である手先や肩甲骨の動きを見れば、その延長線上の剣先の動きが分かる。むしろ剣先を追うのでは遅いのである。支点である脚の位置を見れば相手との間合いが測れる。それだけで攻撃は当たらないのだ。日々の鍛錬による武道の動きで、力点である手先と肩甲骨の動きを読み取り、相手の支点(脚)を制(破壊)するのだ。支点を破壊すれば相手はもはや死に体である。

世界で唯一万世一系の天皇の血筋を少なくとも1500年以上存続させ、西暦1543年に鉄砲伝来があるまで、刀と刀による最も野蛮な白兵戦を生き抜いたサムライの戦いにおける体系化された理論が武道に注ぎ込まれているのである。最も野蛮な戦いを生き抜いたからこそ人を殺すことの怖ろしさと恐怖を知るゆえに、平和を希求する。そして戦争をし続けた欧米ではもはや白兵戦を避けたハイテク化が進み遂にはゲームのように無人機遠隔地より爆撃を繰り返すようになった。ハイテク兵器は、人殺しである戦争が如何に野蛮で虐殺行為であるかを忘れさせるのである。

さて、最も野蛮な戦いを生き抜いたサムライが、その凄惨さに絶望を抱き、戦いを止めて平和を実現するために、限られた人生の鍛錬の中で、力を鍛えるか技を鍛えるかで、生き残るために”技”を鍛えたのが、サムライが白兵戦から培った武道と言えよう。そしてハイテク化により白兵戦の感覚を忘れた欧米人は”技”でなく”力”を鍛えたと言えるではないだろうか。

現代のタイマン勝負最強を決める総合格闘技、また、より路上の実戦(1対複数も想定)に則した立ち技格闘技においても、外国人の武道経験者は強い。しかし力の圧倒的に強い大柄な選手を制する小柄な選手が現代で出てこないのは、剣を始めとする武器は相手の体にタッチされれば即、致命傷を与えるだけの殺傷能力を有するが、人間の肉体による拳や蹴り、締め技では、相手の体にぶつけるでは致命傷を与えることは難しい、一撃必殺とは言うは易し行うは難しであり、相手の力を利用した武道のカウンターが決まるか、よほどのクリーンヒットをしなければ一撃必殺では倒せないと言われている。

武道は一撃必殺が前提条件の武器を持った白兵戦において最大の効力を発揮する為のものであり、だからこそ力の強さよりも技とスピードと反射神経が求められる。格闘技は肉体と肉体のぶつかり合いを想定している故に力の強い者が有利に働く傾向があるのではないだろうか。故に白兵戦に強い人物と格闘技に強い人物は同じようであって違ってくるし、それ故に日本人の生み出した武道と小柄で力を有しないものは格闘技において力の強い者に抑え込まれてしまう事態が発生するのだ。

タイマン勝負の為に最適化された柔術(総合格闘技)による締め技を相手に決めるまでの戦い方とルールでは、より生死への緊急性の高い戦場や路上では敵の仲間に刺されてしまうなど、路上や戦場の実戦的ではないのである。だからこそ現代の格闘技は剣(武器)ほどの殺傷能力を有しない生身の体で相手を倒す揉み合うために力が強ければ強い方が有利に働くのである。それ故に総合格闘技や立ち技格闘技で日本人のトップファイターが少ないということにも影響しているのではないだろうか。

古来より白兵戦に必要のない力を排除し技を鍛えてきたことが、スポーツの格闘技では不利に働いているのかもしれない。勿論、国井善弥ほど武道を極めた傑物が現世に居れば総合格闘技や立ち技でも世界のトップクラスに君臨するに違いないだろうが、スピードと反射神経の頂点と肉体的強さの頂点はやはり異なってくるのが必然だろう。これらは長年の格闘技とストリートにおいての経験則から導き出した感覚と先人の武人の話を合わせた筆者の1つの持論であることをご了承願いたい。




 

■ 有名無実となった武士道精神、衰退した日本人、サムライは何処へ

サムライが不在の現代日本
SNAP via:gamefaqs.com

このように多くの日本人が私達子孫と日本の為に命を懸けて戦い、多くの日本人が亡くなった犠牲の上に私達は平和に生かされているが、その後70年の歳月が経ち、欧米文化に迎合するだけの昨今の日本人にこの武士道精神は伝承されているのだろうか。

サムライという名ばかりが世界に独り歩きし有名無実と化している。戦後の焼け野原から日本人の大奮闘で世界第2位の経済大国に登りつめG8(主要国首脳会議)の一員となったニモカカワラズ、昨今の日本の国際社会での有り方は、他国にお金をばら撒くだけであり、原爆を唯一経験した国として、積極的に平和に対して国際社会を先導する気配もない。

「草食化する日本の若者」というニュースを見る度に筆者がいつも思うのは、GHQの洗脳教育は既に成功しているということだ。弱くなった日本と日本人は科学技術と経済、そしてスポーツとサブカルチャー以外では、欧米に対する競争力と発言力を失っている。白兵戦を生き抜いた末の惨状と絶望から、真の平和を希求し追い求める確固たるサムライ精神はこの国に失われてしまったのだろうか。

そして「日本人のアイデンティティ」という言葉が最近もてはやされているが、賞賛すべきことである一方で憂いることでなかろうか。なぜならば、日本民族の個を尊重するだけで地球人として団結する視点と離れているからである。原爆を経験した唯一の国、「日本人」が世界の戦争の解決に動き(発展途上国では日本に対してそのような期待の声が実際に多い。)、地球の未来の為に、世界平和を構築する最も大きな役割を積極的に果たそうという議論は滅多に、いや全く聞くことが無い。人々の安寧の為に自らの命を犠牲にすることを厭わなかったかつての日本人の気概は今の日本人にあるのだろうか。命を懸けた私達の先祖はどう思っているだろうか。

日本人は今、クラスの中でイジメを見て見ぬ振りをする一見まとも風を装うだけの発言力と行動力のない目の死んだ多くの子供と成り果ててしまったのではないだろうか。「自分と自分の家族とその周囲だけが幸せならそれでいい」、これは紛争地区や貧困地区ならば切実にそうであろうが、先進国の豊かさを享受しながらもこんな怖ろしい考えがさも正論のようにまかり通っている現代日本の風潮、政治家のせいにばかりする風潮、そのような考えが遠い何処かの国の戦争とアフリカの飢餓を見て見ぬ振りさせるのだろう。日本人として、筆者は、この国の、この世界の未来を憂いるのである。日本人は今、前に出る姿勢で変わらなければ未来は暗いのではないだろうか。

最後までお読み頂き誠に有難うございます。




 

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