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アンドレイ・ペジック、性転換手術で男性モデルから女性モデルに

モデルのアンドレア・ペジック(22)が性転換手術を受け女性になったことを現地時間7月23日(木)に告白した。

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 複数の海外メディアが伝えるところによると、アンドレア・ペジック(22)は、現地時間の23日木曜日に男性から女性へ性転換手術を完了したことを公式ソーシャルメディアにてファンに報告。
手術を完了したことにより「手術後とても幸せで満たされた気分になった」と語った。
またFacebookにてファンに対してメッセージを送った。

「私は今までサポートしてくれた人達に感謝を言いたいです。人々は年を取るごとに進化します、でも私の最近の性転換は私を別の人間にしたわけではありません。性別が変わった以外に全く何も変わっていません。そのことを全ての人に理解してもらいたいです。」
また性同一性障害で悩む若者にこのようにメッセージを発している。
「全ての自分の性別に違和感を覚える人へ私は言いたいです、それはとても厳しいことだと私は体験から思います、でも、覚えておいてください、貴方はこの惑星の他の全ての人と同等にリスペクトを受けるべきであり、貴方自身で”性別”を決めるべき権利があるのです。」
「トランスジェンダー(性転換)の女性として私は言いたいです。性転換手術後(命を救うプロセスの後)、一人の人間は大きな幸せと成功を、過去を遠ざけることなく、人生の新しいチャプター(章)において感じることが出来るでしょう。同じ立場として団結して歩みましょう。」
またこのアンドレア・ペジックの”勇敢な”発表に対して各メディアやセレブ達が、様々な角度からこの発表を支持する率直なお祝い、称賛を述べていると米Yahoo.comは報じている。
参照:E Online
参照:Style.com
参照: People.com




アンドレイ・ペジック(22)は、

身長188cm

瞳の色:グリーン

髪の色:ゴールド

ボスニア・ヘルツェゴビナ、トゥズラ出身。

アンドロジナス(Androgynous)として男性、女性両方としてランウェイを歩くモデルとして活躍、2011年には「models.com」の男性モデル部門TOP50にランクインしていたが、2014年7月に女性に性転換手術したことをFacebookで明かし、アンドレアからアンドレイに改名し女性モデルとして生まれかわった。

ユーゴスラヴィア統治下のボスニアの土地に4民族が共に平和に暮らす中、各民族が独立を求め対立し合う動きが加速、クロアチア人の父と、対立する勢力のセルビア人の母の間に内戦の始まり、1991年8月28日生まれた。

ユーゴスラヴィア解体の流れの中で1991年にユーゴスラヴィア紛争、1992年にボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が始まる。生まれた土地、トゥズラの街はセルビア人勢力により包囲され、“トゥズラの虐殺”により多くの若者が命を落とした。幼少期に凄惨なボスニア・ヘルツェゴビナ紛争を経験後に1999年、8歳でオーストラリア・メルボルンに母と兄と共に難民として移住。

16歳となった2007年の大晦日の日にメルボルンのマクドナルドで働いていたところをモデルエージェンシーからスカウトされたこと、高校卒業前にロンドンでモデル活動を始めたことなどその頃の心境を米フォーブス誌へ電話インタビューで明かしている。モデルとしてデビュー当時は中性的な外見から男性、女性、どちらのランウェイを歩くべきか多くの関係者を悩ませていたと回想している。

2011年3月にはModels.comの「男性トップモデル50」11位に選ばれており、「アンドレイ・ペジック」として、男性モデルとして成功していた

その外見は当時から中世的で”アンドロジニー(男女両方のランウェイを歩くモデル)”として活躍の場を広げていった。

同年2011年に『FHM』の「SEXYな女性100人」98位に選ばれたが、同誌が侮辱的コメントを載せたとして論争を巻き起こした。

ファッション誌「Vogue」の各国の表紙を飾り、男性としても女性としてもランウェイを歩くようになり、

ヴィクトリアズ・シークレット初のトランスジェンダー(性転換”中”)モデルになり、ナオミ・キャンベルも公式にアンドレア・ペジックをサポートすると表明。





Style.comに語ったインタビューによると、アンドレア・ペジックは幼い頃から自分自身の心と体の性の不一致を感じていたという。

でもそれがどうしてなのか、どういう現象なのか、どういう可能性を秘めているのか全く自分でも理解が出来なかったそうだ。

女性ものや女の子の遊びを好み、母のスカートを着てバレリーナのようにクルクル回ることが何より好きだったという。

しかし、性同一性障害は決して簡単に人々に理解されることではないく、青年期には大変辛かったと語る。

性同一性障害は、日本だけでなく、世界で認知がされおり、

一定の割合の人が性同一性障害であることが確認されている。

世界的にはトランスジェンダーなどと呼ばれていたり、トランセクシャル、ニューハーフなどとも呼ばれる。

日本でも近年「男の娘」という男性が心の性と関係なく好んで女装するジャンルであったり、

その世界は細分化されている。

世界では特にアフリカ、一部の欧米諸国など、セクシャルマイノリティーに対する偏見が未だに根強いのものがある。

性同一性障害による苦悩など想像すれば容易なはずです。

「性同一性障害」などと「障害」と呼ばずに、もっと多くの人に理解される日がくることをライターはいつも思います。

今後もセクシャルマイノリティーに関する記事は積極的に取扱い、その理解に貢献していけたら幸いだ。

アンドレア・ペジックはとても魅力的な”女性”だと思う。

HOLLYWOODSNAPは、セクシャルマイノリティーLGBTの権利を支持!

アンドレア・ペジック on ABCニュース

ドキュメンタリー

男性モデル、女性モデル両方で活躍中の19歳の時のインタビュードキュメンタリー。

控室は女性モデルを使う頻度が多いと言う。

この時は質問に対して、ノンホルモンであり、処女であると語っている。

また華やかなウエイディングドレスを着て男性と結婚したいと語る。

“トランスジェンダー モデル “

アンドレア・ペジック





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