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イズラエル・カマカヴィヴォオレ、340キロの巨体から生み出されるウクレレと歌声は永遠に

ハワイを代表するミュージシャン、”イズ/IZ”の愛称で親しまれ今でもハワイで伝説的な人気を誇るイズラエル・カマカヴィヴォオレ

ショーン・コネリー主演の「小説家を見つけたら 」のエンディングテーマである、「Somewhere Over the Rainbow」をこんな日の日曜日は聞きたい。

イズの代表的な楽曲全てを動画で紹介しながら、イズの生い立ちと提唱された『ハワイ復権運動』を特集する。

ウクレレを聞きたいならイズ、イズの魅力を貴方にお届け。

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Israel “IZ” Kamakawiwoʻole

“Somewhere over the Rainbow”

イズラエル・カマカヴィヴォオレ

”サムウェア・オヴァー・ザ・レインボー”

残念ながら、1997年に6月26日、38歳の若さで

イズラエル・カマカヴィヴォオレは他界するも、

今でもハワイ州を始め世界中で根強く愛され続けている。

ハワイを代表するミュージシャンであったため、

葬儀が行われた同年7月10日はハワイ州旗が半旗掲揚となったという。

イズラエル・カマカヴィヴォオレの歌う

“What A Wonderful World”

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ハワイ主権復権運動に尽力した

イズ/IZの生い立ち、歴史に迫る。

イズラエル・カマカヴィヴォオレは、ハワイ、ホノルルのカイムキ地区の音楽一家で生まれ育った。

その後10歳でマカハ(オアフ西部)に一家は引っ越した。

15歳の時にビーチでいつも通りウクレレを一人で弾いているところにバンドからスカウトを受ける。

実の兄、スキッピーと他メンバーと共に「マカハ・サンズ・オブ・ニイハウ」をイズが17歳の時に結成する。

写真中央が実の兄スキッピー。中央左がイズ。

「マカハ・サンズ・オブ・ニイハウ」は、

イズ、スキッピー、ムーン、メル・アミナ、サム・グレイだった、
彼らは瞬く間に有名になった。

実の兄スキッピーはハワイ主権復権運動(アメリカから独立し元来のカメハメハ大王から受け継がれしハワイ王国の復権を目指す運動)に意欲的だった。

しかし、兄のスキッピーは心臓発作で間もなく他界してしまった。

それ以来、イズはなるべく英語を話さずにハワイの現地語をはなすようになり「ハワイ主権復権運動」を引き継いで訴えた。

それは強制的でなく、ライフスタイルからくる自然なものだった。

ハワイ共和国は1898年にアメリカ合衆国への併合された。

この時、カラカウア王が来日し、

明治天皇と移民協定を結ぶなどした、

そして、ハワイと日本との併合、もしくは連合を明治天皇に打診したと言われている。

しかし、米国との関係悪化を懸念した日本政府はこれを丁重に断ったと言われている。

もしかしたら、ハワイは日本、若しくは、日本との連合国となっていた可能性があったと言われていると読んだことがある。

ハワイと日本、同じ島国同志、本来、気質は合うはずであった。

今でも日系移民が多いハワイには大国からの侵略の歴史があったのだ。

詳しくは、コチラを参照:米国のハワイ併合に抵抗した日本

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実はハワイは日本とアメリカ西海岸の丁度中間地点に位置するといっても過言ではない。

さて、人気絶頂の時にイズはバンドを脱退し、ソロ活動を開始する。

様々な原因が言われているが、メンバーと上手く行かなかったと言われているが、

「マカハ・サンズ・オブ・ニイハウ」からは後に「いつでも帰ってくるのは歓迎だ」と言われている。

 1989年初のソロアルバム「Ka ‘Ano’i」 をリリース

1993年に「フェイシング・フューチャー」をリリース。

israel kamakawinwo’ole

イズラエル・カマカヴィヴォオレ

facing future/フェイシング・フューチャー

珠玉の歌声とウクレレ、ハワイ古来の

信仰を感じさせる響きが素晴らしい。

1996年リリース

Israel Kamakawiwoʻole

イズラエル・カマカヴィヴォオレ

” N Dis Life “フルアルバム

1995年リリース

 Israel “IZ” Kamakawiwoʻole

イズラエル・カマカヴィヴォオレ

“E ala E” /”エ・アラ・エ”

イズラエル・カマカヴィヴォオレ

“E ala E” /”エ・アラ・エ”

フルアルバム

17分頃に、「曙、武蔵丸、&小錦~♪スモウトリ~ジャパン~♪」とハワイ出身の相撲取りを湛えて歌っています。

1997年には「最も好かれたエンターテイナー賞」を受賞、絶大な人気を誇った。

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小錦とも友好関係にあったようだ。

妻と一人娘に愛されたイズラエル・カマカヴィヴォオレ

奥さんも娘さんもどう見ても東洋系なのが嬉しい。

もしかしたら、イズの血には日本人の血も流れているのではないだろうか。

1997年6月26日、ハワイ中が突然の知らせに悲しんだ。

イズラエル・カマカヴィヴォオレ、肥満が原因による心臓病により死去。

葬儀には2万人以上が参列し遺骨は大勢のサーファーに海中で見守られながらハワイの海に散骨された。

ハワイでは今でも銅像が経ち、

世界中のファンがイズの曲を聞いて涼しんでいる。

そう、丁度イズの命日6月26日が迫るこんな日曜日には

南国の海を想いイズの歌声とウクレレを聞きたいものだ。

Israel “IZ” Kamakawiwoʻole

イズラエル・カマカヴィヴォオレ

“White Sandy Beach”

“ホワイト・サンディー・ビーチ”

イズの歌声とウクレレは、

僕たちの心をハワイの海に連れて行ってくれる。

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